美的世界の住人は、美しさを追求し続けること。

繊細活動族のひとの中に、「美的世界の住人」がいます。

美的世界の住人は、
自分基準の審美眼にかなうものに囲まれることが、とても大切。
生きるエネルギーキラキラ

自分基準の美的世界を生み出すひともいれば、
身にまとったり、観察、味わうことを追求するひともいる。
両方やるひともいる。

美的世界の住人が、美しさに対してブレーキをかけると、
途端にやさぐれた感情が湧きます。

けっ・・・・みたいな。

この世の中がつまらないような、どうでもいいような。
いつもちょっとお腹がすいているような状態で、
いつもいつも満たされることがないような。

一方で、美しさって、重要ではない物事のように思われがち。
食べるとか、人間関係の方が重要のように見える。
多くのひとがそう思うので、うっかり、自分でも軽んじてしまう。
「そんなことにこだわってはならない」としてしまう。

でも、美的世界の住人にとっては、
決して軽んじてはいけないことだし、
軽んじることは人生を灰色に塗りつぶすことです。

美的世界の住人の自覚があるひと・・・・


きれいなものに囲まれている時間が何より幸せ、
美しいものに感動して動けなくなることがある、
ピンと来る美しいものには滅多に出会えないけど出会えると飛んでいきそうロケットなくらい嬉しい、
ピンと来ない服を来てると気分が悪い、
変なセンスの家具を見るとイライラする、
ガサガサした雑踏を歩いているとなんか落ち込む・・・

・・・は、美的世界の追求をやり続けることです。

毎日目にするもの、毎日目にする景色を、「いいもん」にしていくこと。
「ガーン!!!」となるくらい美しいものを見つけること。

・・・などを、ぐいぐいぐいぐいやっていきます。

自分基準の美しいものがあふれるほど、
人生がイイモンになっていきます。

その先に、自分を生かしていく可能性も、見えてきます。

1件のコメント

  1. 美的世界の住人。。よく分かります。前はコンビニ行くのも格好をちゃんとして行ったり自分独自のファッションをしていました。
    それを壊されたのは父でした。
    「くだらない!コンビニ行くのにいちいち格好を気にするな!」
    それ以来格好を気にしなくなっていましたが、心の中で、ダッサイ格好してるなこれで良いのかな?と疑心暗鬼になってる自分が居ました。
    このブログを読みよく分かりました。
    僕は美を追求しても良いんだな。と
    文書や絵などで仕事をしているんですが、ずっと満たされてないのは、美の追求を辞めてしまったからだと思います。世にはびこる間違った文書のチラシ、乱雑な絵に不快感を覚えて来ましたが、これで良いんだな。と諦めて居ました。
    でも自分なりの美を描いて見たいし、観てみたい。その感情が湧いて来ました。

  2. まさに、美的世界の住人さんですね。
    ぜひ、ご自身の美の世界を、思いきり追求なさってください!

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