2008 年 12 月 のアーカイブ

納めましたー。

2008 年 12 月 29 日 月曜日

今日で仕事納めです。

昨年の今頃は身も心も会社員でしたが、なんとかヨチヨチとひとり立ちすることができました[E:chick]

これも一緒にお仕事させて頂いている皆さん、友人として仲間として楽しい時間を一緒に過ごさせて頂いてる皆さん、励ましの言葉をくださる皆さん、暖かく見守ってくださる皆さんのおかげだなあと年の瀬にしみじみと感じます。

一年間ありがとうございました。

来年は海外に出ようと思っています。もちろん今の形での仕事は続けますし、具体的に何も決めてないのですが、色んな地域をみてまわろう、そこに関連した仕事もしようと思っています。

というわけで、さっそく年末はタイで過ごします。1年前から計画していた家族旅行(実に15、6年ぶり)です。

ではでは、良いお年を!

女性との会話

2008 年 12 月 28 日 日曜日

高校までは女子高に通っていましたが、大学からは圧倒的に男性が多く、仕事をはじめてからも同様の状況です。男の人だけの場に混じっているのは平気ですが、女の人ばかりの空間だとそわそわし始めるくらいの不慣れです。

とはいえやはり同性同士だと言わずともわかりあえる部分はとても多く、同世代の女性と話をする機会は貴重だなあと思っています。

以下、女性同士の会話における主なテーマ。

・ 美容に関する情報交換

これはわかりやすいですね。お茶、とか化粧品、とか食事、とか運動、とかマッサージ、とか色々です。昔は化粧品の話が多かったですが、歳とともに?運動やお茶、食事などの基礎を整える話が増えました。

・ 気持ちのコンディションを整えるための情報交換

気持ちのコンディションを整えることは非常に重要なので、活発に情報交換します。オシャレ、とか運動、とか食事、とか掃除、とか切り口は色々ありますが、全てトップイシューである「気持ちのコンディションを整えるためにはどのようなことをすればよいか」に帰結します。

・ 人間に関する考察

女性は人間に対する興味を強く持っているため、女性同士でいるとしばしば「周囲(友人・恋人含む)にXXXXという人がいて○という点で快/不快である」という会話がなされます。

上記発話に対しては、形式上は解決策が求められているものと求められていないものの2種類があり、その割合は4:6程度です。ただし、それはあくまで形式上の割合であり、実質的には「適切な相槌」が求められている場合が90%以上を占めます。適切な相槌とは、発話者の気持ち(快/不快)に沿った内容にあたります。発話者の目的は、快/不快という己の気持ちに共感してもらうことなのです。


我ながらなかなか的を得たまとめができました。必要があれば何かの参考にしてみて頂ければと思います。

雀鬼流

2008 年 12 月 27 日 土曜日

心の師匠の一人、20年間無敗の雀鬼桜井章一氏の動画。

本は何冊か持っていて時々ページをめくり、うーん!とうなっています。
「考えるな、感じよ」「見えないものを見る」という言葉に共感したり、とてつもなく途方もないところに「人間てすごいなあ」と励まされたり。

ビジネスに関わる以上人に説明をするときはロジックが必要ですが、「これは」というアイデアは感性がもたらすと思います。また、「何だか変な感じがする」といったような危機察知能力(?)も感性の範疇かと。

ロジカルシンキング隆盛の昨今ですが、身体を使ったりぼーっとしたりして感性を冴え冴えさせておくことをとても大事に思っているこのごろです。

歴史は肥料

2008 年 12 月 26 日 金曜日

せっかくこんな時期だから歴史に学ぼう、と何冊か本を買って読んでいます。社会人になってからマクロな事象にはとんと興味がなかったのですが、最近は頭に入れておこうと色々読んでいます。今は畑をつくる時期かなあと思っていて、その畑の肥料を求めて耕しているのですが、歴史も良い肥料かなあと。

今日読んだのは野口悠紀雄『戦後日本経済史』。戦後なので最近ですが、、。いわゆる「日本型経済システム」は戦時中の国家総動員体制がそのまま継続してつくられている。それがバブル以降機能不全をおこしている、という主張です。


目から鱗だったのは、

・戦前は今よりもずっと資本主義的な経営が行われていた。株式による資金調達が一般的だったし、経営者を外部からつれてくることも普通だった。

とか。(へえええ、です。)そういえば森島通夫が「年功序列は戦後にできた仕組み。戦前は若手が経営陣に抜擢されることはよくあった。」みたいなことを言っていたなあ、と思い出しました。

・それが、戦時中に軍需産業に資金を集中させるために間接金融中心の仕組みがつくられた。(配当制限を課すとか)。戦後、GHQがやってきたものの情報不足などなどの理由により改革がほとんどできず、経済を運営していた人たち(官僚)はしっかりと残った。なので戦時中の仕組みがそのまま残った。

・戦時中の仕組みとは、国(日銀、大蔵省)が銀行を通じて経済をコントロールする仕組み。間接金融の仕組みのせいで、経営者が従業員の生え抜きになったり、市場のプレッシャーを受けないので、きちんとした経営が行われなくなった。また、ITで分散型の仕組みがフィットするようになったのに、未だ中央集権的に経済の運営をしようとするので機能不全だ。(だいぶ解釈が入っていますが。。)


文中では「なんでそこでそんなことするの?????」「ちょっとその考え方はよくわからないなあ」というところがたくさんありましたが、学んだこととしては、

・間接金融のメンタリティはVCやベンチャーにも影響してるよなあ
・仕組みがメンタリティを決めるのだなあ
・どこでも適度に「外の風を取り込む仕組み」が必要だなあ
・物事を大きな時系列でとらえると次の展開を想像しやすいな

などなどです。いやはや。

目標をたてる

2008 年 12 月 24 日 水曜日

年の変わり目なので来年の目標を明確にしておこうかなあ、と思っています。

目標の立て方は今年の経験で「こうやったらいいんだな」となんとなくわかったので以下記しておきます。ただ、私はある程度目標を明確にしておいた方がよい性質ですが、そんなもの立てないほうがよいという人もいる/時期もあるでしょうし、やり方も普遍化できるものでもないよなあ、とは思います。

1) 「出てくる」感に従う

ロジカルに考えた実現可能性ではなく、皮膚感覚で湧いてくるものを言語化します。それが現時点で現実的かどうかとか、どうやったらそこに辿り着くか道筋が分かっているかとかは関係ないかなあと。「分かってなくても大丈夫なんだ」ということは今年分かったのでこの点は自信を持って言えます。注意点は、功利主義や保守主義を排すること。あくまで自然に自由に。

2) 紙に書く

要は可視化しておくことです。1に比べるとプライオリティはだいぶ落ちるなあと思っていたのですが、10年越しの想いを実らせて来年結婚する元同僚が紙に書いていたと聞いて、大事なんだなあと再認識しました。なんといっても10年越しの想いを実らせる威力があるのですから。

3) 人に言う

これは言えるものだけでOKだと思うのですが、心地良いプレッシャーになって効果的です。私も含め多くの人には時折ピシっと叩いてくれる教師のような存在が必要です。できれば恩師や昔の上司など、「ちょっとがんばらないとまずいな」と思える人に言っておいて、顔を思い出すだけでピシっと叩かれる気分になるのが良いです。

という感じです。人生は旅であり、旅とは人生ですが、地図とはいかないまでもコンパスくらいあると色んな国や島をまわれて楽しい旅になるんじゃないかなと思います。

不況は感性

2008 年 12 月 24 日 水曜日

ある起業家のブログを読んでいてとても賛同した一節。

不況をじかに感じる。

新聞など読む必要が無いくらいですね。

仲間経営者が会社を閉じる意思決定を行う、
また、その相談を多く受けるこの年末。

自分に言い聞かせる言葉。
不況は感性であって、事実ではないと。

変な言葉だが、不況という定義は無い。
自分が外部の環境をどのように受け止めたかの
感想を総称しているだけ。

外部環境に如何に適応するかが
経営者の仕事。
不況だから、という言葉に立ち向かうのが
ベンチャー企業。


経営者に限らず、状況に対して何をできるか考えて実行するのはとても大事だと思います。何かを発明することから日々を快適に暮らすことまで色んな局面に通じる考え方です。

今すぐに大きな需要を生むイノベーションを起こす、なんてことは無理ですが、うかない顔の誰かに座禅を勧めるなどできることからやっていこうと思います。

子供になれるコミュニティ

2008 年 12 月 23 日 火曜日

昨日の座禅したお寺で興味深かったことがもう1つ。

和尚さんを囲むコミュニティのでき方、です。

− オープンで 座禅する人であれば誰でも参加可能
− 普遍的で 老若男女につながるテーマ
− 関係の強弱がない 常連さんはいるけど特別扱いはされてない 一見さんでも普通にいられる雰囲気

性質はちょっと違いますが、"花火"と同じオープンさや普遍性を感じます。その心は「集まる人が子供になれる」。

普段接しているコミュニティは何となく趣味趣向が似通っている人が集まったり、仕事の関係があったりという感じなので、上記3点と逆の要素を持つことが多いです。その心は「大人の付き合い」。それはそれで貴重な時間だし楽しいのですが(大人なので)、生活の一部に子供になれる場所があるととてもリラックスできて良いです。社会的役割は着脱可能なんだなあ、と。

イタリアにおけるサッカーみたいなものでも良いと思うのですが、現代の都会でももっと子供コミュニティがあると、「格差だ」なんて叫ばずとも健康的に暮らせるなあと思います。

広尾で座禅

2008 年 12 月 21 日 日曜日

先日円覚寺で座禅した、とブログに書いたところ、都内でも座禅できるお寺を教えていただき、さっそく行ってまいりました。

・ 広尾 香林院

Img1

臨済宗のお寺です。平日は午前7時から、日曜日は午後5時から座禅会が開かれています。

看板など出てないので戸惑ったものの、参加者らしき白人のおじさん(後で聞いたのですが座禅暦30年以上とのこと)についていくと無事たどりつけました。

参加者は10人程度。ご近所さんでしょうか。円覚寺と同じく20代~30代の若者が多かったです。

前回と同じく、2回にわけてトータル1時間の座禅。雑念がもぞもぞ出てきましたが、集中して座るというのは良いことです。

その後、和尚さんを囲んでお茶。これがとても面白く、良いお話をたくさん聞けました。

・座禅はボーっとするのではない。集中することで人間本来の感覚を鋭敏にする。本当に線香の落ちる音が聞こえるようになる。

・「忘れる」から生きていられる。「今までに起こった良いことと悪いこと」を人に聞いて統計をとると、世界中どこの地域でも良いことが6割くらいになる。そんなはずはないのだが、悪いことは忘れている。だから生きていける。

・大愚、「ばかであるから」自分はこの仕事を続けられている。犯罪者に会ったり、死刑囚の最期に立ち会ったりもしてきたが、「ばかであるから」、忘れられるから続けられている。精神的に参ってしまって引退する宗教家は多い。

・禅は日本的なもののすべての基本。茶道、剣道、柔道などは元々は禅。庭、床の間、梅干、けんちん汁なども。川端康成はノーベル文学賞を受賞した際に「美しい日本の私」という講演をし、最後「すべては禅に通じる」と締めくくった。

などなどなど。

「お坊さんの前ではみんな子供になるなあ」「バックグラウンドを捨てて子供になる時間って大事だなあ」なんて思いながら帰路につきました。

和尚さんとお話しする時間が面白いので、また行こうと思います。

大学マイオフィス

2008 年 12 月 19 日 金曜日

午前中にアポを終えた後、夕方の予定までどこかで落ち着いて仕事をしたいなと思って場所を探していました。

カフェを転々とするのは空き場所や電源を探すのが面倒だし、予定までの時間を考えるとおなかがタポタポになりそう。

家に帰るのは前後の移動時間が勿体無いし、一度帰ってまた出てくるのは面倒。

というわけで、近くにあった早稲田大学に来ました。(証拠)

Photo2_2

学生時代(何年前でしょうか)に何度か来たことがある、懐かしのキャンパスです。

まずは大隈講堂脇の学食(!)でランチをしました。健康的に定食的なものを食べても550円という安さ。周囲には若者たち。皆が皆ういういしく見え、若いってそれだけで価値だな、なんて思いました。

その後国際コミュニケーションセンターというところに移動。机・椅子と電源が完備されており、周囲はささやき声が聞こえる程度で静かなので腰を落ち着けて仕事できました。イーモバイルも問題なくつながってよし、です。

フリーランスの仕事場として図書館もいいですが、近くにあれば大学も活用したいなあと思いました。

<良いところ>
・ 机や電源が豊富
・ 食事が安くておいしい
・ 若さと希望を感じられる

<良くないところ>
・ なんとなくビジネス感覚が鈍る
・ ふと思い出に浸ってしまう

武家の価値観?

2008 年 12 月 19 日 金曜日

先日、つい最近結婚した友達とお酒を飲みました。

だんなさんとは職場で知り合ったそうなのですが、彼女の方がバリバリ仕事するタイプ、だんなさんはのんびりしていて喫茶店などやりたいと思っているそうです。今風のカップルだなあ、と思いました。

渡辺千賀さんがいつかのブログで、日本では仕事をしたい女性が受け入れられなくて大変だったみたいなことを書いていらっしゃったので、働く女性の方が好きという人が増えたのはこの10年くらいの流れなのかなあと思います。「主夫でもいいよ」とこだわりなく思っている男友達も何人かいます。

ところで、「夫が稼いで妻が家を守る」みたいなステレオタイプって、実はごく最近生まれた価値観なのではないか、とふと思いました。例えば江戸時代は人口の8割が農家で、あとは職人さんや商家の人など、それとちょっとだけ武家、という配分だったと思うのですが、農家や自分で商売をやっている人は女性も仕事をキリモリしていたのではないかと想像できます。ということは「夫は仕事、妻は家」は武家の構造なのかなあと。それが明治維新か何かの拍子にスタンダードになったのかな、なんて思いました。

このあたりは調べてみますが、何はともあれ、暮らしやすい時代になってよかったなと思います。